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Tom's blog

大学院生である私が研究や趣味について書いていきます。

なぜ写真を撮るのか?

Photography

「なぜ人は写真を撮るのだろうか?」

と、思いを巡らせた人がいるかもしれない。

そのことについて、少し考えてみたい。

スマートフォンの普及により、写真を撮るという行為がより自明なものになり、写真の意味が薄れているような気がする。普段、撮るときに撮るという行為の意味を考えることは少ない。一昔前においては、写真は一部のカメラを持っている人のみが身近に触れていたということもあり、意味を考えられたのであろう。私の祖父も、Nikonフィルムカメラを所有し、また多くの写真を現像し、写真について多くのことを語っていた。

現代においては、写真は見せるという意味合いが強く、SNSでシェアをすることを通して、写真の意味を構築しているように思われる。そこには、写真自体に対する思考は欠如しており、見せるというものが抽出され、肥大している。考えることに先行する行為が、意味を無意味なものにしてしまう。思考が介在しないものに生命は感じられない。つまり、写真が生きていないということだ。

 

では、写真に生命を吹き込むにはどうしたら良いのか?

私は、何に心をひかれ、何を撮りたいかを明確にしている。その一つが、風景である。ただの風景ではない。英語的に言えば、"a"ではなく"the"である。つまり、それ自体として情景描写でき、私を感動させるものである。私は、人がどう思うかを気にしていない。究極的に私がどう思うのか、ということが重要であり、それ以外は思考されない。そのような思考こそが私が写真に対して抱いていることである。

 

ARTはどこか論理から離れた場所にある、唯一面白く、高揚するものであると考えている。資本主義から一歩外あるもの。普段論理の世界にいると、感受性を養う意味を逆説的に意識させられる。

f:id:Tom-blog:20170215212026j:plain『山と雲』